超絶遅速更新駄文置場 ときどき 日記
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

8
2011年06月30日 (木) | 編集 |
言うまでもあろませんが……おりきゃら注意報発令中
ホント、今更ですな

神は大学生になりました。



『春来』








桜の季節に神は熱を出した。

昔は身体が弱くしょっちゅう学校を休んでいたが、バスケを始めてからはすっかり丈夫になり、病気とは縁がない生活を続けていた神を見て、久しぶりに往診してくれたかかりつけの医者は、大げさなほど驚いてみせた。
「やぁ。薫ちゃんが担いで行けないからって言ってたけど……こりゃあその通りだ。宗ちゃんがこんなに大きくなってるとは、先生もびっくりだ」
診断は過労。しばらくは自宅でのんびりするよう言い含められた。
結局熱が下がらなかったので、遮二無二頑張り入学を果たした大学の入学式も欠席、その後もほぼ一週間ぐずぐずと自宅のベッドで過ごす羽目になった。

「一気に気が抜けたんでしょ? いいんじゃない、たまには」
帰宅した姉が顔をのぞかせる。
「薫ちゃん……お帰りー」
「熱は?」
「うーん、まだある…かな」
「アイス買ってきたよ、食べる?」
「……あんま欲しくないや」
薫子はベッドに腰を下ろし、神の額に手を当てると撫でつけるように頭を撫でた。
「神さまがお休みをくれたのよ……そう思ってゆっくり寝ときなさい」
くすりと笑ってぺちんと額を叩く。
「止めてよ、痛いんだからー」
「痛い? 頭?」
「う~ん……頭と膝と、肘 …肩も?」
「間節? アンタまた背が伸びるんじゃないでしょうね」
「まさか」

背の高さが必要とされることはもうないのだ。
自分は新しい環境で、これからのことを考えて進もうとしている。
それなのに……
入学式のみならず、オリエンテーションにも全て出られずじまいで、神はベッドの上で出遅れた感に浸っていた。



体調も落ち着き、順調に通学できるようになった四月の半ばから、初動の遅れを取り戻すように慌しく月日は過ぎていった。
ゴールデンウィークをむかえる頃には神もすっかり周囲に馴染み、何人かの親しい友人もできていた。
女子の比率の高いこの大学で、見た目も良く、おまけに人当りまで良い神が放って置かれるはずがなく、この数週間の間に何人から水を向けられたか……実は本人は気付いていなかったりするのだが、今隣を歩いている友人に言わせると、片手では足りないそうだ。
「だからよー、お前欲なさすぎ!」
「そうかな……」
「あー!もう! カノジョ作る気あんの!?」
「彼女? う~ん……」
何でそこで考えるかな? とツッコミを貰っても致し方ない。一人の人間とべったりくっつく気には、到底なれそうになかった。
自分が暇そうに見えるのが原因かもしれない。そう思い至った神は、最近になってバイトを探してみようかと考え始めていた。



―――家の中で電話が鳴っている。
そう言えば今朝、母親が出掛けると言っていたのを思い出して、慌てて鍵を開けて家に入った。
「もしもし、神です」
「…あ、神!? 僕だよ、あ、いやいや、宮益です」
「宮さん……」
懐かしい声に心が揺れる。
「お久し振りです」
卒業後、宮益は何かと忙しかったらしく、ほとんど海南を訪れなかったので、実際
半年以上顔を見ていなかった。
「今日、海南に行ったんだ。それで……これから会えないかな?」
宮益は誰かと一緒だろうかと、考えがよぎる。
一瞬の沈黙に気づいてか、宮益は律義に状況説明を始めた。
「僕は今日は一人なんだけど……実は神と二人で話したくてさ」
「俺と?」
「うん。あ、御飯ご馳走するから! バイト代入ったんだ」
らしからぬ押しに、承諾せざるを得ない。
「じゃあ、今駅まで来ちゃってるから公園で待ち合わせね。わかば公園で。ベンチのとこで待ってるから」
電話を切り、母に出掛ける旨のメモを残してから、神はあわてて家を出た。


公園の入り口から少し奥に入ったコート脇のベンチに目指す姿はあった。
「宮さん!」
「神」
息をはずませている神を見て、宮益は言った。
「お疲れ、急がせちゃってゴメン」
「いえ、ホント……お久し振りです」
ペコリと頭を下げたその目の前に、紙袋が差し出される。
―――ひとつ 無造作に入れられたバスケットボール―――
「遅くなったけど、僕からの入学祝い」
ニコニコと笑う宮益に神は困惑する。
「宮さん…… 俺……」
神のとまどいを意に介さず、宮益は言葉を続ける。
「神にはね、一度ちゃんとお礼が言いたかったんだ。だけどいつも誰かと一緒だったし、僕もみんなの前では言いにくかったし……」
何を言われているのか良くわからない。
「三年間、僕がバスケを続けられたのは、神のおかげだ。本当にありがとう」
そう言って頭を下げる宮益に神はうろたえた。 
「ちょ、ちょっと宮さん…… 俺、何のことだか…」

宮益はへらりと笑うと、ごく普通に話し始めた。
「自分にはスポーツなんて向いてないってことは知ってたけど、どうしてもバスケをやってみたくてさ、思いきって入部して……場違いなのもわかってたけど、それこそ死ぬ思いで一年……でも、丸一年でもう限界だった。2年になれば要求はもっと高くなって、練習はもっとキツくなる。もうここで諦めようって思いながら、それもなかなか言い出せずに2年になっちゃって……そこに神が来たんだ」
宮益からこんな話を聞くのは初めてだった。
苦しそうでも、それに負けない強靭な精神の持ち主だとずっと思っていた。何といっても牧と共にバスケをしていたあの学年のひとりなのだから……
「入部したての頃はずっと小さくて、細くて、それなのに神は全然引かなかったよね。結果としたら望むポジションは得られなかったわけだけど……その後もひとりで黙々と練習してた。それを見て、人それぞれ前に進むには方法があるんだって、僕はキミに教えてもらった」
「……」
「バスケが好きなのは嘘じゃない。だったら自分なりのやり方で、できないならば工夫して、遅くてもいいからとにかく続けようって思って……そしたら、何て言うのかな、そういう気概みたいなものは外に出るのかな……今まで以上に、もっとみんなの面倒見が良くなって…… 可笑しいんだよ、フォローの仕方も個性的でさ。牧はあの通り論理的にこうだからこうした方が動きの効率が良いとか、懇切丁寧に実際に動いて説明してくれるだろ? 武藤はここは手を抜いておく方が体力温存できるぞ、とかヘンな知恵つけてくれたりね。高砂は何にも言わないんだけど、ぶっ倒れてる僕がちゃんと起きて歩いて帰れるかわかるまで側にいてくれたし……今考えても本当に宝物みたいな時間だったんだ、海南の……最後の二年間」

薄まりかけたと思っていたのは錯覚だ。記憶の蓋が開いてしまった。
思い出したくない。けれど自分にとっても一番大切な時間…………

「ごめん、ひとりでまくし立てちゃって。で、結局なにが言いたいかっていうとね…… 神?」
「あ、すみません……」
「……神はこれを持ってなくちゃ駄目だ」
そう言ってもう一度袋を差し出す。
手を伸ばせないでいる神を見上げて、宮益は微笑んでみせた。
「知ってるよ。バスケは止めたって聞いた。 新しい環境で、何もない状態から自分を模索するのはもちろん有意義なことだと思う。でもね、心理を専攻してるなら言わずもがなだろうけど、それぞれの症状に対して多種多様のセラピーがあるだろ?」
「宮さん……」
「自分の心や、考えを、神はずっとこれに語りかけて、ひとりで答えを探ってきた。別にバスケ部に入って試合に出ろって言ってるわけじゃない。神には……このボールが必要だと、僕は思う」
触れたい衝動を、手を握り締めてこらえる。
「ボールセラピー、って思えばいいんじゃないかな」
そう言って宮益は笑うと袋を置き、袋からボールを取り出してポイと投げて寄越した。
反射的に受け取ったその感触は、手が一番懐かしんでいたものだ。
我知らず掌を滑らせては押し付け、弾力を確かめている。
「今日新しいのを奇贈して古いのもらってきたから、それ 僕たちが磨いたヤツかもしれない」

胸が痛い。

誘惑を押さえきれずに一度、二度ドリブルをする。
弾み返って掌に吸い付いてくるこの感触―――
もう一度、もう一度、もっととくり返すうちに、ふいに伸びてきた手にカットされる。
はっと視線を巡らせれば、宮益はドリブルで多目的コートのリングを目指していた。
追いかける。
パスでボールを受け、何も考えず神は投げていた。
虹のようにきれいな弧を描きながら、それは素直にリングを通り抜ける。
「ナイッシュ!!」
腹から湧き上がった震えが全身を走り抜け、込みあげてくるものが強すぎて息ができなかった。
「さすがだね!」
ボールを手に戻ってきた宮益がみるみるうちに霞んでいく。
深く 神は頭を下げた。

そっと触れてきた手が、宥めるように髪を撫でる。
「神は…真面目だから……ゼロか100かみたいに完璧主義的な部分があると思うんだ。でもいいんだよ 中途半端でも。僕だって今はバスケやってないけど、あそこで培った体力とか気持ちの持って行き方とか、今もすごく役にたってる ……海南の三年間はなくさなくていい。大切な宝物は持ってなくちゃ」
うんうんと首を振っても顔をあげない神に、宮益は今更のように慌ててバッグを探ってタオルを差し出した。


眼が赤いから恥ずかしいと言っても、お祝いとお礼なんだから行こう、と譲らない宮益に連れられて、高校生の財布では滅多に行けなかった店に入った。
お勧めのメニューにデザートまで付けて御馳走してくれると言う。
「バイト、してるんですか?」
「うん。頼まれてね」
「家庭教師ですか?」
「それもやってる。あとは研究室の実験がらみで色々単発」
神にはまだ、今一つわからない世界だ。
宮益がとてつもなく大人に見えた。努力家だったことは認めていたけれど……大学生になるとみんな変わっていくのだろうか。
そんなことを考えながらも気になって、ついに我慢しきれず隣の紙袋にそぅっと手を伸ばし、わずかにざらついた表面……その手触りを小さく撫でる。
「神…子供みたいだ」
くすりと笑う声に我に返った。
「……すいません」
バツの悪そうな様子を宮益は嬉しそうに見ている。
「いいよいいよ、強引に誘ってゴメンね。早く食べて帰って、思いっきり触るといい」
「宮さん」

「神 ……バスケ、止めないでよ」
肯いていた。
「はい」
そして、そうしようと心も決まっていた。



トントントン、トン、トントン トントン
帰宅してからずっと続いて天井から聞こえてくる音。
この音には聞き覚えがあった。家の中で聞こえて良い音ではない……椅子を蹴立てて立ち上がった薫子を母親が止めた。
「薫ちゃん、今日は我慢してあげなさい」
「何で!? 部屋でボールをつかないってのは中学の時に決めたハズだけど?」
まあまあとたしなめながら、目の前の湯呑にお茶を注いでくれる。
「明日からね、また朝走るんですって」
「……宗?」
「ええ」
椅子の背に身体を預けて薫子は天井を見上げた。
「ふ~ん……」
「今日ね、宮益さんと会って来たみたいよ」
「へぇ」
「で、帰ってくるなり、明日から走るから、起きた時いなくても心配するなって」
「ふーん」
どういう風向きになったのか、弟をたき付けたのはどうやら幼馴染みの元恋人ではないらしい。
それでもやることがないからと、あの無駄にひょろ長い身体が家の中を歩き回っているよりは遥かに良い事態なのだろう。
「……お母さん、嬉しそうね」
「まあね、やめるって言うのを止めはしないけど……やっぱり宗ちゃんはバスケ好きなんだと思うのよ?違う?」
「違わないでしょ。でも走るだけなんでしょ? バスケもやるって?」
「どうかしら…… でも何か始めるって決めたなら、まずはそれでいいかなって」
そうでしょうとも。薫子は思った。
バスケを始めたのは牧の影響だったとしても、神奈川の、もしかしたら全国でも、高校バスケ界で名が知られるようにまでなったのは、ひたすらに努力するタイプの弟がのめり込むだけのめり込んだ結果だ。
牧を好きだという次元とはそもそも別の話だと思う。
自分の言葉をきっかけに、今はその道を外れてしまったけれど……あれだけ全てを注ぎ込んだ世界からそんなに簡単に離れられるとは、思っていなかった。


それでも……


「駄目なモノは 駄目なのよ!」
決然と立ち上がった姉の鉄槌が弟に下ったのは、それから数分後の出来事だった。





スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。